整田碑 (真原)

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真原の整田碑[MAP]真原の倶楽部の横に立てられている石碑。昭和50年代に行われた真原周辺地域のほ場整備の石碑である。

整田碑 中津川市長 小林房吉

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資料撮影 2010/01 [1]
碑文

 本地区は、中津川市の最南端に位置し大根木、真原、山野田、橋場、土田、久須田等の集落からなっている地域で、先人たちが厳しい苦難に耐えながら開墾し、先祖代々守り継がれ今日に至ったところである。

昭和四十年代に入り農業をとりまく内外の諸情勢の変化によって生産構造の大変革が必要になってきた。

 昭和五十二年阿木南部農免道路の建設を機に、この地域にも土地基盤整備事業の機運が高まり地区住民から強い要望があり関係地域代表者により国、県、市等の行政指導を受けながら県営ほ場整備事業の採択に向けて昭和五十三年発起人会 (阿木南部ほ場整備組合) を結成し、阿木南部土地改良区の設立並びに事業認可申請を岐阜県知事宛に提出するに至った。

以来五年間に及ぶ労力を経て昭和五十八年7月県知事認可、同年八月中津川市阿木南部土地改良区を設立、直ちに着工した。

 翌年にいたり、地域関係者の要望が強かった久須田農免道路も事業化され、着工し阿木南部地域に道路網が整備された。

 本事業は当初六年計画、総事業費十五億九千五百万の予定であったが、事業の進捗に伴い工事の変更を含むほ場のさらなる近代化等の事情により、最終事業費十九億六千四百万円余となり、工事も六年延長し、着工以来東農農政局、岐阜県、中津川市、岐阜県土地改良事業団体連合会等の絶大なる指導、財政援助を得十二年の歳月を経て、平成七年十二月この歴史的大事業が竣工を見るに至ったのである。

 この完成は中津川市が進めている、元気で活力ある田園都市づくりの一翼をにない農業生産性の向上と、当地域の発展につながるものと期待されている。

 ここに記念碑を建て献身的に努力された多数の関係者に深謝の意をあらわし後世に伝えるものである。

  平成七年十二月吉日建立

中津川市阿木南部土地改良区

事業概要
事業名 県営圃場整備事業
地区名 阿木南部
事業主体 岐阜県
事業内容 組合員数 一六九名 / 地区面積 一六八ヘクタール / 工期 着工 昭和五十八年七月 竣工 平成八年三月
総事業費 十九億六千四百万円
内訳 区画整理面積 一一七ヘクタール / 用水路工 二五.四キロメートル / 排水路工 十八.三キロメートル / 道路工 二一.六キロメートル

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資料撮影 2010/01 [1]
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