避病舎

提供:安岐郷誌
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避病舎(ひびょうしゃ)は伝染病患者の治癒と感染予防の為に建てられた明治〜大正時代の隔離病棟。

明治時代の廃藩置県や貿易増加によって国内外の往来が増え、日本の各地でコレラやチフスなどの伝染病が増加した。救急車はもちろん車もない時代であるから、町や村の単位で隔離病院が建てられ、伝染病患者が出るとそこに隔離されていた。

阿木でも字湯屋田(ゆやだ) (ほたるの里の道向かいから牛房ヶ洞付近?) の何処かに避病舎が建てられて現在でもその跡が残っているという (所在地不明[要調査]; 県道から上田部落に通じる辻の所の山? 柳ヶ洞?)。終戦前まで使用されていたと聞く。

沿革

  • 1910年 (明治43年) 湯屋田に避病舎事務室が出来る。
  • 1913年 (大正2年) 病舎、消毒室が完成。

参考

  • 1911年 (明治44年) の岩村周辺地図によれば阿木の赤坂[MAP]、飯羽間分根の神社近く[MAP]、岩村大将陣近く[MAP]に病院の記号が記されている (位置精度は±100m程度)。どれも森の中にあるため避病舎かもしれない。

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