飯沼村境図(いいぬまそんきょうず)は享保年間 (1716-1735年/江戸中期) に描かれたと伝わる古地図[1]。阿木村との持ち山の境を示すために描かれた物である。
中央に描かれた天狗森山の後ろに阿木川が流れ、さらにその後ろに焼山系の山稜が控えている。この頃は天狗森山と橋ヶ谷山の間を通って槙平に出ていたのが分かる。また松沢、たのき沢、大野云々等いくつかの現存名が認識できる。