龍泉寺跡
提供:安岐郷誌
神社仏閣 | |
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{{{名称}}} | |
所在地 | 岐阜県中津川市阿木字竜泉寺 |
位置 | (868m) |
宗派 | 天台宗 |
本尊 | 馬頭観世音菩薩 (萬嶽寺所蔵/岐阜県指定文化財) |
祭神 | |
遺構 | 馬頭観音堂礎石、碑石 |
交通 | 国道363号線の頂点から根ノ上高原へ向かう市道途中の右側。 |
目次 |
風景
碑文
一部判読不能となっているが、龍泉寺と山祇神社の石碑には以下のように彫られている。
浦陀山は浦陀落とも言い、観音様が浄土される山。
1501年頃(文亀年間)〜1574年(天正2年) は室町時代の後期、戦国時代のまっただ中という時代に建立された。現在萬嶽寺に納められている馬頭観世音菩薩が室町時代のものと言われているのはこれが根拠だろうか。天正2年は武田軍の手に落ちた岩村城に武田勝頼が入城した年。この時勝頼は千旦林城や阿寺城などの遠山支城を落とし、周辺の神社仏閣を手当たり次第に焼き払っている。
ここには書かれていないが焼失を免れたご本尊の馬頭観世音菩薩は後に建てられた観音堂に祀られ、今は萬嶽寺に納められている。また近代に入って領地も売られ大山祇神も血洗神社に遷座し、現在は正に「もう誰もいない」跡地のみが残っている。
龍泉寺石碑の右には馬頭観世音の石碑が建てられている。背面の碑文によれば 1978年 (昭和53年) に山祇神社氏子総代の方の遺言によって建立されたものである。
文献
= 巖邑府誌
角川日本地名大辞典
伝承と四方山話
- 阿木の里人には武田軍の焼き討ちにあった寺と伝わっている。
- 寺領は手賀野から千旦林付近と伝わっている。
- 里人には無人の別荘と林業者のプレハブが建ち並ぶ背筋の寒くなる場所としての印象も強い。昭和50年代にプレハブの代わりに置いてあった廃バスは現在は朽ち果てている。
外部リンク
- 中津川市デジタルアーカイブ 木造馬頭観世音菩薩像