観音堂 (佐々木家)

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観音堂(佐々木家)

佐々木家の観音堂[MAP]新杜のはす向かいの森に建てられている萱葺きのお堂。広岡佐々木邑一氏所有。由緒書きによれば昔々の先祖が戦に敗れ近江国 (滋賀県) からはるばる背負ってきた仏像 6 体が安置されている。


由緒書き

御堂内佛像の縁由

御堂内に安置された御尊像

三面六臂馬頭観世音菩薩立像 四方の邪悪魔を伏す
金剛界大日如来座像 宇宙の心理をさし示す
勢至菩薩座像 偉大なる勢力を衆生に持ち與える
薬師如来立像 医薬を司り凡ての萬病を救う
阿弥陀如来座像 宏大無量な慈悲で衆生を救済する
十一面観音菩薩座像 十方洩さず衆生を救済する

右六体の御尊像の縁起は詳ではないが当佐々木家に代々継承奉祖されている当家の古書面に據ると古来近江の国式内社沙沙貴神社に由来する近江源氏磯部系佐々木一族の流れをくむとされる元亀二年 (一五七一) 戦乱の将織田信長の侵攻に遭い約四百年間安住の地であった近江の国から難を逃れ東濃佐々良木にと移り更に恵那山麓の川上に居を構えたが大水害にあい難渋していた

寛文 (一六六〇〜) の頃岩村藩の招聘によって広岡 (寅新田) に定住し此処に初代広岡佐々木家を興す代々庄屋の任に当り開発事業を勧める一方延宝期 (一六七三〜) より村内の平穏安泰と一族の繁栄を慮り佛門に深く帰依し数多くの四十八夜供養塔等の建立を始め六佛の御尊像を拝迎して清幽佳境の此の荻原の地に堂宇を建造するに至った就中念佛三昧妙なり庵主を拝章し光明無辺の佛力が諸彦に応分の喜捨と功徳の大ならんことを願うものである

幾星霜を経た今日広岡佐々木家一族及び親類一同が遠き祖先の御霊の御前に集いて偉大な業を偲び益々崇敬の念深く子孫繁栄と御尊像の功徳が頗る宏大なることを願い碑に縁由を刻するものである

中津川市文化財保護審議員 片山惣次郎 撰
平成十一年八月吉日 施主 十二代当主 佐々木邑一

資料撮影 09/06/14 [1][2]

四十八夜供養塔

御堂の裏には何体もの四十八夜供養塔が建てられている。

関連項目

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