猿投灰釉水瓶

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現在この水瓶は[[阿木コミュニティセンター]]が管理している。
 
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2009年6月6日 (土) 03:28時点における版

猿投の灰釉水瓶(さなげのはいゆうすいびょう)[1]は 1971年 (昭和46年)阿木公民館建設工事で出土した平安時代前期の水瓶。奈良時代の佐波理を模したものである。和名抄 (平安時代中期) に記されている美濃国恵那郡六郷の安岐郷が現在の寺領を中心とした地域であったこと裏付ける遺物と考えられている[2]

現在この水瓶は阿木コミュニティセンターが管理している。

  1. ^ 猿投窯(さなげよう)猿投山(さなげやま)西南の丘陵地に5世紀 (古墳時代) から14世紀 (室町時代初頭) に形成された古窯跡群。
  2. ^ 日本歴史地名大系第二一巻 岐阜の地名, 所三男, 1993年(平成5年), 平凡社, ISBN 978-4582490213

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