鬼坂
提供:安岐郷誌
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山から切り出して野内へ運ぶ予定だった石材を、鬼坂の険しさに運ぶのを諦めた石が牧野に残っている。 | 山から切り出して野内へ運ぶ予定だった石材を、鬼坂の険しさに運ぶのを諦めた石が牧野に残っている。 | ||
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2009年12月21日 (月) 02:35時点における版
昔々、もっこを担いだ鬼がこの坂を登ろうとしたが、あまりの険しさに登ることが出来ず土を放り出してしまったという伝承から鬼坂という名が付いたと云われている。その時に放り出したもっこの土は野内の押沢の口と藤上の假冶島にあり、それぞれ民家ほどの大きさのこんもりした山だったと言われている。野内の山は造成で均されてしまったが、假冶島の山は国道363号の整備で半分ほど削られてしまったもののまだ残っている。
山から切り出して野内へ運ぶ予定だった石材を、鬼坂の険しさに運ぶのを諦めた石が牧野に残っている。
牧野の降口付近がちょうどサバと花崗岩層の境界となっており、戦時中には鬼坂付近のサバの中から亜炭を掘っていた。
写真集
- 鬼坂02.jpg
2009/12 野内村中 役行者大菩薩 兵一(?)
- 鬼坂03.jpg
2009/12
- 鬼坂04.jpg
2009/12
- 鬼坂05.jpg
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- 鬼坂06.jpg
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- 鬼坂07.jpg
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