巖邑府誌/巖邑府誌跋

提供:安岐郷誌
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曹娥(そうが)の女の話は蔡邕(さいよう)でなければ伝えることが出来ない。外国の大宛張騫でなければ見ることが出来ない。歴代の進退や地方の風俗などはなおさら、必ず史筆を持って後に人の信用されるものを作る必要がある。このようなことがこれを書くに当たって大をなした。

我が国には建国の功績を成す立派な神祖が祀られている (八幡神社)。直轄領地の各州は既に百数十年も経っている。その城府の発展のめまぐるしい事は民間の歴史書に託す。また巷の細々とした話は里老に話させる。未だにこの府誌の全てを見てはいない。これが伝えるところもまた必ずしも誤りがないわけではなく俗文字を間違えているかも知れない。私は学が浅く見識が狭く、また山河を歩き回り全ての地理を調べ上げることも出来ない。これより巖邑府誌の作が不相応にしてまた妄であることを知った。しかし後の志ある君子や班馬 (班固と司馬遷;歴史家) の業者で、もしこれが捨てられずに持っていられれば、一つ二つでも拾い取れる所があればよいと願う。

寛延辛未七月朔 首藤元震

巖邑府誌䟦

曹娥女子也非蔡邕不能傳大宛殊域也非
張騫不能見至若歴世之成敗州縣之俗尚
必待史筆而後取信於人其所關於是為大
也我
本邦
神祖開國之元勲堂々乎藩屏於各州既巳
百數十年矣而其城府改革之著則託之於
野史巷説之微則誦之於俚老未甞見其府
誌之全者也其所傳亦不能必無差謬盖國
俗拙文字之失也予陋學狹識又不能䟦踄
山川悉捜地理固知巖邑府誌之作僣而妄
矣而後君子有志班馬之業者苟無持非其
人而捨之則有益於一二之摭拾耳寛延辛
未七月朔首藤元震


古文書の翻訳: このページは巖邑府誌を現代語に翻訳したものです。より正確な表現を知るためには原文を参照してください。文中の(小さな薄い文字)は訳註を表しています。

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